【PR】この記事には広告を含む場合があります。
ニュースの記事から伝えたいこと
そもそも硫黄島(いおうとう)をご存知?
1945年、終戦間近の激戦と聞いて思い出すのは、やはり硫黄島の戦い。
高名な栗林中将のもと一丸となって戦った結果、日本軍約2万人、アメリカ軍約7,000人の戦死者を出した第二次世界大戦で最も苛烈を極めた激戦地だ。
2022年現在、いまだ民間人立ち入り禁止のこの島で日給9,000円のバイトがあるという。
マジか?!的なニュースを発見したので紹介します。
※ライブドアニュース2022年2月4日掲載<週刊女性PRIME>の記事より
▷この記事を書いている人◁
☑️ インタビューメディア「ひとびとのひび」編集長@hitobito_A
☑️ 販促制作会社1人経営者 & ライター
□移動中:オーディオブック(2019年〜)
□外出先:電子書籍(2012年〜)
□自宅:紙の書籍
オーディオブックを取り入れてから、知識を「取材」や「営業」に活かせる幅がグーンと広がりました。
★プロフィール欄も、ぜひご一読いただけると有り難いです。
2022年現在も島に眠る英霊たち
掲載された人物は食堂でのバイトらしいが、合間の時間のほとんどを島内の散策にあてたという。
確かに、歴史オタクには垂涎の公私混同バイトだろう。
またこの島には自衛隊基地があり、そのメンテナンスのために働く方々も常駐しているが、その中の多くの方々が日本兵の霊と遭遇している・・・というのも有名な話のようだ。
硫黄島には、現在も多くの日本兵の英霊が眠っており、その遺骨収集のボランティア活動がある
ということは聞いていたが、食堂でのバイトは初耳だった。
未来の日本を守るための命がけの戦い
当時の戦況では、この硫黄島が陥落すれば本土上陸は時間の問題。
ここで1日持ちこたえれば、本土に残した家族も1日生きながらえることができる。
その先には、まだ見ぬ未来の日本人の平和な暮らしも守られるはず。
そのためにここで命を散らした先人たちがいたという生々しい痕跡が現存するのもこの島の特異性と言える。
戦争の事実を知り、今を生き、伝えていく
今年50歳になる私の半分も生きていなかった若者たちもたくさんいただろう。
どれほど生きたかっただろうか。
「ムダに生きるわけにはいかない」
この島と戦争のリアルに触れるたび、何度も何度もそう思わされてきた。
改めて、私たちはこの島を知る必要がある。
そして伝えていく必要があると思う。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
▷合わせて読みたい◁
硫黄島の歴史について詳しくは▷▷こちらの記事で解説しています
コメントはこちら
コメントを投稿するにはログインしてください。