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『週イチ連載シリーズ2』 第13話 ほぼ未経験からコピーライターになるために〈バイト、養成講座、就活まで〉

『週イチ連載シリーズ2』 第13話 ほぼ未経験からコピーライターになるために〈バイト、養成講座、就活まで〉

こんにちは!ひとびとのひび編集長っス。
メインサイト「ひとびとのひび」の編集長個人ブログです。

前回までのあらすじ・・・
電線工事のアルバイトをしながら
「コピーライター養成講座」に通っていたのだが、
結局、途中で養成講座を辞めてしてしまい
再就職への焦りとともに就職活動をはじめてしまう


就職活動でイヤ〜なヤロウたちからイヤーな思いをさせられ、
業界への不信感を抱きつつも何とか会社探しは続けていました。

その辺りは前回、

で、ふれました。
なので、そのつづきから。

古いビルの上下階がコピーライターとして再出発の職場だった


当時の就職活動はといえば、もっぱらビーイングとかの就職情報誌
コピーライター養成講座でわずかに紹介されていた求人募集中の会社情報くらい。

特に人脈なんてあるはずもないため、
なんとも心許ない手段をたぐっていくしかなかった。

結果的には、そんなたどたどしい活動ながらも、
とある赤坂のデザイン事務所に拾われて入社することに。

入りたかった会社か?と
聞かれたら言葉を濁すしかないが、
当時の自分なら入れてくれる会社があるだけ有り難い

なんせ、エロ関係しか経験がないのだから。

それは、いくらど素人の生意気盛りでも理解していた

会社は見るからに築数十年は経過しているだろうマンションの一室×2
上下階を賃貸しており、上のフロアが社長も含めた社員全員のデスク
下のフロアが打合せスペースやレタッチ用のPC、資料で埋め尽くされた本棚・・・
なぜか古い印刷機器まで置かれていた。

まさに置かれていたというのがふさわしく、誰にも使われていなかった。
恐らく社長の所有物だろう。
なんのためにあったか最後まで聞かずに終わってしまったが、
心残りという感傷は皆無だ。

そのフロアでよく、デザイナーの先輩に会社の愚痴を聞かされていた
社長に面接されたのもそこの打合せスペースだった。

余り良い思い出のないフロアだ。
かといって上にはあったのかというと、もちろんそんなことはなかった。

そんな会社も、結局は1年で辞めてしまうことに


結論から言ってしまうと、せっかく受かった会社だったが、
入社して1週間ほどで『きっちり1年で辞めたら!』と決めてしまった


理由は、人と仕事

人間関係のしょーもなさと、
仕事の内容や評価のされ方に不満たらたらだったワケですね。
まぁ若者ならではって感じです。

ちなみに、以前に何度も登場した、最初の会社で同じ運命を共有した先輩。
その後、紆余曲折しまくったあげく
求人広告で超有名な企業へなぜか営業として転職していました。
その彼から言われた言葉があります。

「仕事」「人間」「金」3つのうち不満が1つだけならばなんとか踏みとどまれるが、
不満が2つになったら人は会社を辞める
、と。
なるほど、確かにそうかもしれないとナットクしたものです。

では、私の場合、人間関係と仕事内容の何がそんなに不満だったのか・・・
それを語る前に触れておきたいことがある。

バイト先には恵まれたものの思い出されるダメなオヤジの風貌


申し訳ないが、少し話を戻したい。

さんざんお世話になった電線工事のバイトのことだ。

就職活動が結実したということは、
当然、このバイトを辞めなければならないワケだ。

何度もふれているが、とても良い職場で、とても良くしていただいた
仕事からも特に親方からも学べることがとても多く有意義だった。

作業中のトラックの荷台には、常に大きなクーラーボックスが積まれてあり、
その中には大量の氷とドリンクが常備されていた。
補充するのも我らバイトの仕事だったが、
いつでも飲み放題だったのは節約したい当時の私にはとても有り難かった。

しかも通勤時の原チャリのガス代も支給してくれた。
こんなバイトはなかなかない。
良心的でアットホームとはまさにこういうことだろう。

毎朝、原チャリで会社へ向かい、
会社の目の前の駐車場に止めてある軽トラに乗り込むのが通例だった。
今でも、とても懐かしく思い出せる。

こちらは逆に良い思い出が多いのだが、唯一、
ムカつくというか、しょーもないヤローのことだけが胸のどこかにくすぶっている。
M野というオッサンのことなのだが・・・。

つづきはコチラ!次回第14話で⬇️


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