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『週イチ連載シリーズ2』 第6話 ほぼ未経験からコピーライターになるために〈バイト、養成講座、就活まで〉

『週イチ連載シリーズ2』 第6話 ほぼ未経験からコピーライターになるために〈バイト、養成講座、就活まで〉

こんにちは!ひとびとのひび編集長っス。
メインサイト「ひとびとのひび」の編集長個人ブログです。

テーマによって内容がコロコロ変わります。

前回までのあらすじ
先輩の友人にすすめられたこともあり
「宣伝会議コピーライター養成講座」へ通うことを決意。
地元大船から表参道まで。
電線工事のバイトをしながら、
半年間にわたる新しい生活が始まりました・・・


課題に挑むたびにA〜Cの判定を下され返却されるというのがお約束。
最高の評価の証である講座オリジナルの鉛筆の行方を
冷ややかな目で渇望するような、
そんな情けない日々・・・。

その辺りは前回、

で、ふれました。
なので、そのつづきから。

なにも分からないクセになめきっていた受講生時代

今思えば、講師陣は第一線で活躍されている大先輩ばかり。

もう20年くらい前ですから、
眞木準さんもバリバリご存命だった。

皆さん誰より忙しい中で
受講生ひとりひとりに採点をして戻すという労力を
仕事をこなしながら注がれていたことに改めて感服します。

恐ろしいかぎり。有り難いかぎり。

でも当時は、その凄さがどれほどのことか、
コピーがどういうものなのか、広告業がどういう仕事なのか、
ろくに分かっておらず、想像もまともにできていませんでした。

だから、取り組み方も・・・なめていた
いい加減なワケではなかったが、なめていた。

「このコピーいいな」
「これも悪くないねぇ」


自分のコピーは、良いのだ。と思っていた。
ちゃんと考えたし、良いに決まってるはずだ。と。

一度も鉛筆をもらえていないのに、よくもまぁ。

今では同じ人間と思えないほどだが、
「決まってる」に「はず」が付いてしまうような、
宙ぶらりんで空っぽな状態だった。

相変わらず鉛筆をもらえない日々も、まるで誰かのせいに


それだけに、鉛筆贈呈の儀式に関しては、
選ぶ人間のセンスを当然のように疑っていた


信じていなかった。
信じる度胸も備わっていなかった。

「だから・・どこがいいんだよそんなコピー」
「それ選ぶってどういうコトよ、このオヤジ」


落選したときは決まってこうだった。
あの頃は。

そして、
マジで自分よりいいコピーを書くヤツ、この中にいるのかな?などと、
大切なことを直視できない本心を振り切るように、
現実逃避をぶっちぎりに加速させていた。

つまり、なめていたのである
己の無知と未熟に、目を閉じて向き合っていた。

目を開けるのが怖かったのかもしれない。

「キミはこっちに来てもダメだよ」

教室のどこかにそんなコトバを見つけてしまいそうで。
見たいところだけを、
見たい分だけ薄目で覗いているような心情だった。

やっと見つけた自分の未来行きの乗り物に、
必死こいて周回遅れで駆け込んだワケですから、
蹴り落とされるのだけは避けたかったんですね。

降りるならせめて目的地についてから
自分の意志で判断したいと思っていました。

まぁまだ飛び乗ったばかりですが。

講師の名前や好き嫌いで課題への取り組み方もバラバラ

教室へ戻ろう。

第一線の大先輩が講師陣と紹介したが、当時の私は業界知識ショボショボ
知らないコピーライターの名前の方が多かった。

授業に出てはじめてその方の顔や実績を知るワケだ。

中には、顔も名前も全く知らないけど、
あるCM実績を見せられて

「おー!」
「あれ作った人なのか」


それほどの方を存じ上げなかった自分を恥じることもしばしば。

講師によって、実績も課題の出し方もそれぞれだったが、
それだけに、挑む方としてはやりがいもあった

やはり面白いお題の出し方をする人の講義は受けに行きたいと思うもの。
今でもお題を覚えていたり、どんなコピーを書いたか思い出せるものもある

逆に、まったく感情移入できないお題や意味不明なものもあった。
そういうときは出すのも行くのもイヤだった。

なにを小僧が偉そうに、と今の自分が見たら聞く耳をもてないが
まぁワカモノはいつの時代もそんなものでしょう。

評価が低い講師については無条件で嫌いになった

まさか将来、その方から声をかけてもらう日がくるとは
当時の自分は夢にも思っていなかった。

それは余りにも先の話なので、恐らく第5シリーズくらいにまたふれるでしょう。

さておき、好きな課題ではそれなりに評価ももらえたりしたんですが、

つづきはコチラ!次回第7話で!

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